tears rain [A-side]
キラは自分の幸せよりも、世界の人々の幸せを選ぶ。
俺の幸せを願いながらも、俺の幸せを知らない。
自分だけ……俺を置いていってしまった。
――俺の幸せは、お前がいなければありえないというのに。
「キラ……どうしてっ…どうしてこんな!?」
「…そんな、顔を…しないで」
青かったはずの軍服をどす黒い赤に染めていくキラ。
それなのにキラは優しく微笑んでいる。
俺はどうすることも出来ずにただキラを抱きしめ続けている。
「ねぇ…聞いてくれる?アスラン」
「…何だ?」
「僕、幸せだったよ。とても……こんなに幸せでいいのかってくらいね」
本当に…? 本当に君は幸せ?
「それは…嬉しいな……」
俺は考えていることとは違うことを口にしていた。
そうでもしなければ…何か口にしなければ、みっともなく泣きわめいてしまいそうだったから。
「ひとつだけ…ううん。ふたつ、お願い…してもいい?」
「ん?」
「僕を忘れて欲しいんだ」
「ちょっ…ちょっと待ってくれよ!?忘れるなんてそんなこと、無理に決まってる!!」
「僕なんかに君は縛られる必要なんて……無いでしょう?」
……キラ、君は笑顔で残酷なことを言う。
キラを忘れることなんて俺には絶対に出来ない。
そんなこと考えるだけで生きた心地がしない。大げさかもしれないけど、それが俺の真実だから。
キラを抱きしめる力を強める。キラが苦しくないように少しだけ。
「あともう一つ。……これはすごく矛盾してるって自分でもわかってる。でもどうしてもこの願いも聞いて欲しくて…。あのね、思い出して欲しいんだ」
「思い出す…?何を?」
「僕の、ことを。忘れて欲しいって言ったのに思い出して欲しいなんて変だよね。……でも、年に一度だけでもいいんだ。…時々、僕みたいなヤツもいたんだってことを、思い出して欲しいなって」
そう言うキラは俺を見て微笑む。
それは大怪我していて今にも命の灯火が消えそうになっているとは思えない、綺麗な微笑みだった。
「…やっぱり、矛盾……してる、よね」
「…叶えるよ」
「え?」
「それがお前の願いなら叶えるよ」
迷いもあったけど、これがキラの望むことなら叶えよう。そう思った。
「……アスランはいつでも優しい…ね」
……お前にだけだよ、キラ。
「…ッ。ゴホッッ……ガハッ。…うぁ」
急にキラが咳き込みながら血を吐いた。
さっきまで綺麗だった顔は口は血だらけで真っ赤。青白くなってしまった肌には赤がよく映えていた。
「キラッ…キラ!!」
キラは苦しそうに顔を歪める。
俺はただ必死にキラの名前を呼んでやることしか出来ない。
――なんて……なんて俺は無力なんだろう。
こんな時に俺はキラのために何もしてやれない。
子供のように泣き叫ぶことしか出来ない。
「泣かない…で?」
「…キラ」
「アスラン…泣かな……いで」
そう言って、弱々しく伸ばした手で、俺の目元で止まることなく流れ続けている涙をぬぐってくれる。
「でも…僕の、ために……涙を流してくれ…る人がいて…うれしい、なぁ」
「〜っ。もっといる!キラのために涙を流す人は。…たくさん、たくさんいる!!」
「そ…うだったら……うれし…いなぁ」
もう話すことすらツラそうにしているキラ。
そんなキラを見ているのがツライ。でも、目をそらすのも嫌だ。
これがきっと……最後になってしまうのだろうから。
「なぁ、キラ。俺もキラの願いを聞いたんだからキラも俺の願い事を聞いてくれないか?」
「う…ん。アスランは…何を、願うの?」
本当はもっともっと願い事があったはずなのに、今はたった一つだけしか思いつかなかった。
「キス…してもいいか?」
「いいよ。僕も……したい」
そのキラの返事を合図にお互いに顔を近付けていく。
これが最後かと思うと、いつまでも今が続くことを願ってしまう。
そんな俺は愚かなのだろうか?
キラとの最後のキスは血の味がした。
でも、それ以上に甘くて哀しいキスだった。
「アスラン…ありがと」
「ありがとう、キラ」
お互い口唇を離してから笑顔で言う。
それはまるで、この先に待っている別れなんて感じさせないような姿だった。
――でも別れの時は刻々と近付いてきていた。
「ア…スラン」
「ん?どうした?キラ」
「ぼ…くのかわりに……見て…いて?」
「何を、見るんだ?」
「世界が……かわってい…く、姿を」
「あぁ。世界が平和になっていく姿を、キラの分も俺が見ていくよ」
――そう。キラの望んでいる平和な世界を。
「うん。あ…ぁ、もう……何も言うこ…と……思いつかな…い……なぁ」
座っている俺の膝に頭を乗せているキラ。
どこか遠くを見るような虚ろな瞳のキラがぽつりと言った。
……もうきっと俺も見えていないんだろう。
何かを求めるようにふわふわとキラの手がさまよっていたから、俺がしっかりと握ってやる。…ここに俺がいることを確認させるように。
「アスラン……優し……い愛を、ありが…とう」
――それがキラの最後の言葉だった。
「キラ?……ッ。キラ、キラッッ!!」
どれだけ名前を呼んでも、もうあの綺麗な紫水晶を見ることは出来ない。
「うわあぁぁあぁッッ!!」
狂ったように泣き叫ぶ俺を抱きしめてくれる人はいない。
あの華奢な優しい腕に抱きしめられることはもう……無い。
どれだけ願っても、俺が愛した君はもういない。
優しく微笑んでいるキラの亡骸を力いっぱい抱きしめながら俺はいつまでも泣いていた。
いつからか、冷たい雨が降り続けていた。
まるで俺の哀しみを表しているような、息苦しくなるような冷たい雨がずっとずっと……。
-end.
後書き。
『涙雨』という言葉を知ってから、この単語を使ったものが書いてみたかったんです。
[A-side]ってことは[K-side]もあります。早めにアップしたいですね…(遠い目)
2005/ 3/30